ニューズレター vol.56 2026年2月号

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毎月発刊しているニューズレターの最新号を掲載しました。

こちらよりPDFで閲覧が可能です。修了生の体験談や施設の近況等、ぜひご一読ください。


体験談「かつてどのようで 何が起こり 今どのようか」 修了生 アルコール依存 K・Mさん

アルコールの問題を解決する為に不可欠な「共同体の支え」と「霊的成長する為の12ステップ」を、私はRDの座学や仲間たちとの関わりを通して教えて頂きました。そして現在ホームグループの中でそれらは生かされている実感が持てています。生き方や考え方は70歳になっても変えることができると希望も持てました。本当にRDで学ばせて頂いたことを心から感謝しています。20歳から約30年間飲酒を続け、やっと無力を認めてアルコールを手放したのは50歳になる年でした。

AAに繋がりグループに入って1年のバースデーの日、知らない仲間からAAの書籍を笑顔で頂いたり、大勢集まって「おめでとう」とお祝いの言葉を頂いたりしたことは、それまでの私の人生にはありませんでした。当初私は正直困惑しました。自分に自信がなく孤独に生きてきた私にとって、貴重な時間を他人のために使う行為が理解できませんでした。戸惑いながらも「自分が大切にされている」という高揚感に私は有頂天になりました。そこまでは健全な反応だったのかもしれませんが、「自分は好かれている」「自分はなんでもやれるんだ」という根拠の無い自信が加速して、心のブレーキが効かなくなり狂った万能感が湧き上がり、仕事を無理なペースで始めて、一ヶ月で10kg痩せて、とうとう不幸の重なった日に再飲酒してしまいました。

1年バースデーから2ヶ月経っていませんでした。落胆している心に嘘をついて「アル中なんだから飲むのは当たり前、またすぐいつでも止められるだろう」と、自分に都合の良い考えを使って自分の気持ちを偽りました。それはとんでもない間違いでした。アルコールはビッグブックにある通り巧妙で不可解で強力な敵でした。私を飲ませるために水面下で着々と準備をして待っていた感じです。その罠にはまり飲む量が瞬く間に増えて、必死になって止めようとしましたが約8ヶ月間止まりませんでした。健康施設など色々試して自分なりに頑張ったと思いますが無理でした。その時自分一人で止めるのではなく周囲に助けを求めれば良かったと今は思っています。それまで生きてきた中での人間に対する猜疑心や恐れ、コミュニケーションの基礎を知らないので失敗や煩わしさを避けたい気持ち、自分の無知や弱さにつけ込まれ支配される恐れなどが重なり入院は選択肢にありませんでした。

なんとか無い頭をフル稼働して甘い飲み物だったら飲酒欲求を抑えられるかと砂糖をたっぷり入れたお汁粉を飲酒欲求が出るたびに飲みました。おかげで体重は10kg太って元の体重に戻って酒は止める事ができました。断酒を継続するためにまたどこかのグループに入れて頂こうと思ったのですが、おそらく自分のくだらない見栄や意地のために仲間たちの良い面には目を向けず否定的な気持ちになったり、生活の為にまた仕事に就かねばと再び自分に都合の良い考えが浮かび仲間の輪の中にはなかなか入っていけませんでした。時々幾つかのグループに入れて頂いたのですが、グループの一員という自覚は持っていなかったと思います。

何故こんなにも人の中でうまくやれないのだろう?と過去を振り返ってみると自己中心的で歪んだ性格と育った家庭環境が影響していたと思います。私の育った家庭は日常の挨拶だけでほとんど雑談の無い家庭でした。血縁関係はないので他人行儀な会話や態度に家庭の温かさを感じた事はなく、養母の愚痴や悪口に辟易していました。たまに人が家に来ると世間体が気になるのか調子よく相手に合わせて楽しそうに喋っていましたが、本当の養父母の姿を見ている私にとってはたまらなく見苦しい姿でした。それから酒乱の実父がたまに家を訪れ、酔いが回ると豹変して暴力を振るい、近所にも私に言葉では表せられない酷い行為をする人間もいました。または酒を飲まない人たちの中にも養母のように陰口や悪口や悪い噂をする人たちや養父のように人に無関心で冷たい人達もいました。本当に安心させてくれる存在はありませんでした。私は周りの誰も信用出来ませんでした。勿論自分も信用ならないのです。私がダメな子供だから愛されないのだと思っていました。一番嫌いなのは自分でした。私はなんの価値もない役立たずの子供だと思っていました。

10歳の時こうした人間関係や自分に絶望し自殺を試みたのですが、空腹という本能と飛び降りる恐怖に勝てず、自死は諦めました。それ以降は全てに投げやりな態度と惰性で生きてきました。養父母は世間体が大事でルールやマナーに極端にうるさく、私自身の気持ちには興味がないので、一人っ子として育った私はいつも一人で行動していました。できるだけ長い時間家から離れて自由でいたい。家に誰もいない時は好きな音楽を聞いたり歌ったり、楽しい事を空想したりして、外では野良猫達や虫たちと遊んでいました。

7歳くらいの時小児喘息に罹り寝たきりになり、やっと小学3年生になって学校に行ける様になったのですが、喘息と養父母の仕事の関係で転校を3回して、一つの学校に続けて通える様になったのは5年生の時でした。それからは学校で同じ人間達と顔を合わすので、いつの間にか一緒に遊ぶ友達は数人できた記憶があります。でも卒業してしまえば元々は赤の他人なので連絡はそこで途絶えます。長く同じ人と関わる術がわからない。挨拶以外のスキルがない。何より猜疑心が邪魔をして、人と関わるのが怖いし面倒臭い。

AAに繋がってビッグブックに出会い12ステップに少しは取り組みましたが、片方の車輪「共同体の支え」が理解できず、仲間とも何処かぎこちない感じでした。なんの根拠もないのに不安から逃れるために「自分は正しいし良いことをしている」とまた自分に都合の良い考えが浮かぶのです。そうして望まれてもいないのに余計な事をして人を巻き込むこともありました。
ビッグブックのおおもとの問題は自己中心だと改めてRDの座学で理解できました。心の痛みを伴いながらも自分の短所、自分の問題を一人ではなく担当の方の助言を頂きながら、自分を委ねられる居場所がやっと見つかりました。RDでの座学を通して講師の方々の説明の分かり易さや面白さや心を揺さぶられる気づきの言葉を毎回頂き、自分が少しずつ変化していく実感がありました。それと合わせて自分のビッグブックへの理解が増すにつれ、本当にここで教わって良かったと思っています。

それから仲間との関わりを深める為にレクリエーションやバースデー、ゲームや皆で出かける商店街などに意味があることを後で理解できました。仲間と触れ合う時間を多くする事、仲間と協力して何かを成し遂げること、仲間に関心や興味をもつこと、仲間たちの様子をよく観察し、自分の気持ちより仲間の気持ちを理解し優先すること、思いやりをもつこと、仲間たちとの共通の思い出を作り、人生を豊かにすること。人とゲームをしたことがなかったので、RDで皆と遊ぶ楽しさを初めて体験させて頂きました。本当に楽しかったです。私が飲まないで一生を終えるには仲間の支えが必要です。RDとそこで出会った多くの仲間達に心から感謝しています。


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