毎月発刊しているニューズレターの最新号を掲載しました。
こちらよりPDFで閲覧が可能です。修了生の体験談や施設の近況等、ぜひご一読ください。
体験談「かつてどのようで 何が起こり 今どのようか」 修了生 薬物依存 N・Tさん
私は58歳の覚醒剤の依存症者です。覚醒剤は44歳の時、人から誘われてはじめて使いました。「話のネタに一回だけ使ってみようか」という軽い気持ちで手を出しましたが、その一回が私の人生を変えました。
その頃、私は一般社団法人の職員として長く働いていました。公益性の高い仕事に従事していたにも関わらず、隠れた犯罪常習者になってしまいました。
クスリに手を出したのは、享楽的、刹那的な生き方をしてきたからだと思います。私は同性愛者ですが、終身雇用が守られた仕事に片足を置きつつ、プライベートでは、ゲイとして快楽のためにはリスキーな選択をすることを厭いませんでした。自分は完全に守られた立場であって、自分の陣地を切り崩すことは何にも出来ないと、高をくくっていたのです。
でも、覚醒剤の依存性は想像以上でした。泣きながら手持ちのクスリと売人の電話番号を捨て、「やめられて本当に良かった」と心から思ったその数週間後には、ネットで別の売人を見つけ出し、クスリを再び手に入れるために全力で売人のところに走っていく私でした。
プライドの高かった私は、違法薬物の使用で逮捕され、犯罪者として職場を追われることをひどく恐れました。「逮捕されて辞めさせられる前に、自分から仕事を辞めてしまおう」と、何年も自力による断薬の試行錯誤と失敗に苦しんだ私は、やがて、そのような発想に追い詰められるようになりました。
覚醒剤に手を出した5年後の2017年1月、些細なことで同僚たちと衝突した私は、本部の局長に「私はこの5年間、覚醒剤を使用していたのでこの職場を去ります」と言って、自ら25年続けた仕事を辞めました。
仕事を失った後の私は、まったく情けないものでした。何もする気が起きず、掃除も自炊もせず、ベッドの上にひたすら横たわって過ごしました。目に入るもの、耳にするものすべてが過去を思い出させ苦痛でした。元気だったころに集めた服を見ることが辛く、クローゼットを開けることすらしませんでした。
25 年間、仕事をして給与を得て生活をし、プライベートを楽しむというパターンの生活
しかして来なかったので、仕事も収入もまったくないという状態がとても不安で苦痛でし
た。ノートパソコンのAC 電源がはずれて、内臓バッテリーでかろうじて動いているよう
で、エネルギー源のお金がなくなっていくことがとても不安でした。動いてはいけない、何
もしてはいけないかのような呪縛を受けているようで、やがてティッシュ一枚を使うのも
苦痛になりました。日中でもカーテンを開けず、まったく笑わない日々が続きました。フロ
ーリングの床はほこりがたまり、ベッドとトイレの間だけ行き来するので、その部分だけが、
けもの道のようになりました。あまりのショックでクスリの使用は止まりましたが、私の人
生は廃墟のようになってしまいました。
自助グループNA(ナルコティクスアノニマス)には、仕事を手放した頃につながりまし
た。つながってみて、メンバーの中に私と同じ同性愛者の人たちがとても多いことに驚かさ
れました。しかも、ほとんどの人が私より若いのです。ゲイにとって、違法薬物の問題が、
すぐそこにある危機だということを十分にわかっていませんでした。
自助グループにはつながったものの、失業による鬱でクスリの使用に興味を失ったため、
通う意欲が持てず足が遠ざかりました。心配したNAの仲間たちが中間施設につなげてく
れましたが、私は過去に引きずられるばかりで、やがて完全な引きこもりになりました。荒
れ果てた部屋で、後悔と孤独の中で数年を過ごしました。
2023 年5 月のある日の夕方、私は悪夢で目が覚めました。部屋にいることがいたたまれ
ず、時計を見るとNAのミーティングに間に合うことに気が付きました。4 年ぶりにミーテ
ィング会場に足を運び、その日から毎晩ミーティングに通い始め私の回復は始まりました。
でも、違法薬物依存者の回復は一直線ではありません。それは、NAの仲間たちの分かち
合いを聞いても強くそのように感じます。ミーティング通いが始まって間もなく、私は6 年
半ぶりにスリップしてしまいました。長いクリーンの間は、「もう二度とクスリに手を出す
ことはないだろう」と思っていましたが。
その後、スリップを重ねながらも、ミーティングにはできる限り参加していました。そん
なある日、「自分はミーティングだけではダメだ。ステップを踏んでみたい。」と話した仲間
の話を聞いて、「私も同じだ」と思い、12 ステップを体系的に教えてくれるRD デイケアセ
ンターに通うことを決めました。
RDはステップやビッグブックを丁寧に教えてくれ、他の利用者の方たちと過ごす時間
もとても楽しく日々が過ぎるのがあっという間です。プライベートでは、部屋の掃除を少し
ずつはじめ、今では元通りの清潔な部屋に戻しました。私は自分の人生に帰って来ました。
引きこもりの時期は、「運命」という言葉を聞くのが辛かったです。でも今は、これは自
分の運命ではなかったかと感じます。今でも出来ないこと、思うようにならないことは多い
ですが、以前は毎日が0 点でした。20 点30 点でも、0 点よりは良いと感謝できる毎日で
す。

