ニューズレター vol.65 2026年11月号

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毎月発刊しているニューズレターの最新号を掲載しました。

こちらよりPDFで閲覧が可能です。修了生の体験談や施設の近況等、ぜひご一読ください。


体験談「かつてどのようで 何が起こり 今どのようか」 修了生 AC・摂食障害 N.Mさん

私は、『将来こうなりたい』という具体的な姿を、かつて思い描けたことがなかったように思います。

随分前に主治医から、「あなたの育った環境は、戦場と同じだったのです」と⾔われた時、にわかには理解できませんでした。 ⼀⾒すれば、平凡で幸せな家庭の⼦どもだった私にとって、そこは安全も安⼼も信頼も感じることのできない環境でした。けれど、その現実や⾟さを誰にも⾔えず、蓋をして、なかったことにすることで、⽣き延びる⽅法を⾝につけてきたのだと、今までの⻑い年⽉をかけて少しずつ理解できるようになりました。

やがて、その⽣き延びるための⼿段として『過⾷嘔吐』が定着しました。気が付けば、⽣き延びるために過⾷嘔吐をしているのか、過⾷嘔吐をするために⽣きているのか分からないまま、⼈⽣の約3分の2を過ごしていました。

これまでの年⽉の中では、将来の⾃分について考える機会もありました。けれど、私が将来を考えた時、そこにあったのはいつも『こうなりたい』という姿ではなく、『消えたい』という気持ちでした。

そんな私でも、これまでの治療や回復の中で少しずつ様々なものを受け取ってきました。 それらは、最初は点のように私の中に散らばっていたように思います。やがて点と点がつながって線になり、線が増えて網⽬のようになっていきました。RDにつながった今、その網⽬が少しずつ細かなものとなりながら、私だけの⼀枚の布地になってきているように感じています。

その過程で、私にとって⼤きかったのは、幼い頃に感じていたことや、その時々に抱えていた感情を、無⾃覚に封印し、なかったことにしてきた⾃分に気付いたことでした。そして、それらを⾃分にとっての事実や真実として、少しずつ受け⽌められるようにもなりました。

私は⻑い間、⽣き⾟さを直視することへの恐れから、過⾷嘔吐をその場しのぎの⼿段として使い、⾃分⾃⾝と向き合うことから逃げ続けてきたのでした。その結果、⾃分の⽣き⾟さをさらに⼤きなものにしてしまったのだということも、今回のステップワークを通して、ようやく正⾯から受け⽌めることができました。

そして、RDで『依存症という病気』について学び、個⼈セッションで担当スタッフさんの⽀えのもと⾃分⾃⾝と向き合い、グループワークなどを通して実際に仲間と関わる中で、『⾃分にとっての仲間』という感覚も少しずつ変わっていきました。

⽇常的に参加するようになった⾃助グループでの関わりも、少しずつ⾃分にとって⽀えとなっていることを感じるようになりました。さらに、『⼿放す』『委ねる』『祈る』ということを⾃分なりに理解し、⽣活の中に取り⼊れていくうちに、それまでの私には考えられなかった変化が起こりました。

仲間の中にいることを求めているのに、緊張や苦痛をどうすることもできなかった私が、今では仲間と⼀緒に笑ったり、楽しんだりして過ごせる時間が増えてきたのです。 それと並⾏して、⻑年⼿放せなかったアディクションを、必要としないで過ごせる⽇々も増えていきました。

それは、何かと闘って、苦痛を乗り越えて⼿にしたものではなく、『与えられた』としか思えないことが、今でも不思議でなりません。

それらの変化に気付いた時、私は今まで、なんて殺⾵景な時間を⽣きてきたのだろう、と⾃分のことをとても寂しく思いました。 けれど、その殺⾵景だった布地にも、少しずつ⾊が加わり始めているように感じています。

グループセッションや個⼈セッション、ステップワーク、そして仲間との関わりを通して、私は、⾃分⼀⼈の⼒で何とかしようとするのではなく、⼤きな⼒に委ねるという感覚を、⾃分の中⼼に置けるようになってきました。 それは、⻑い間求めていたけれど、それが何なのか、どこに求めればよいのかも分からなかったものに、ようやく巡り合えたような感覚です。そして今、この環境につながれていること⾃体も、⼤きな⼒に導かれた結果に思えてなりません。

私は今も、『将来こうなりたい』という具体的な姿を思い描いているわけではありません。 ただ、『消えたい』という気持ちしかなかった以前の私が、今は、命ある限り、この私だけの布地がこれからどんなふうに織られていくのかを、⾃分⾃⾝で⾒ていきたいと思えています。

これまで受け取ってきたものも、これから出会う⼈や経験も、すべてが少しずつ私の布地に織り込まれていくのだと思います。 仲間との関わりの中で新しい彩りが加われば、かつての⾟かった日々も、これから越えていくであろう厳しい時間も、やがて陰影となって、この布地に深みを与えてくれるのかもしれません。 これからも⽣きながら、経験し、委ね、受け取り、成⻑し、その時々の⾃分の布地を織っていく。 今の私は、そんなふうに、この先の⾃分を思い描いています。

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